股関節の疾患

Hip joint disease

股関節の疾患

当院では低侵襲手術の前方アプローチ(Direct Anterior Approach: DAA)による人工股関節全置換術(Total Hip Arthroplasty: THA)を行っています。

股関節の疾患において変形性股関節症や大腿骨頚部骨折、大腿骨頭壊死症などで痛みや関節のダメージが強いと人工股関節置換術が適応となる場合があります。
当院では前方アプローチで最小侵襲(MIS)での人工股関節置換術を行っています。

人工股関節置換術(Total Hip Arthroplasty: THA)とは

人工股関節置換術(THA)は、病気や外傷で痛んでしまった関節の部位を取り除き、骨盤側(カップ)と太もも側(ステム)を人工の関節(インプラント)に置き換える手術です(図1、2)。関節の痛みの原因となるものをすべて取り除き、球体の骨頭に取り換えるため、「痛みを取る」効果が大きく、関節の動きが悪い方はその改善が期待できるため、安定した歩行を取り戻すことが手術の目的です。人工関節は肩・肘・膝・足関節など多くの関節で行われていますが、THAはその中でも除痛効果が特に優れていると言われています。

大腿骨頚部骨折に対しては、以前は大腿骨側のみを入れ替える人工骨頭置換術が一般的でしたが、術後の疼痛の残存や再置換術となる症例も認められ、ガイドライン上でも活動性が高い方には人工関節置換術が勧められています。当院でも受傷前の活動性が高い患者さんには、若い方はもちろん、ある程度高齢の方でも全身状態がゆるせば積極的に人工股関節全置換術を行っております。

図1
図①THAに用いるインプラントの構造(整形外科看護2022年1月号より抜粋)


図2
図②右THAのレントゲン画像

DAAでのMIS-THA

MIS(Minimally Invasive Surgery:最小侵襲手術)とは、従来の方法よりも小さな皮膚切開で、筋肉や靭帯へのダメージも少ない方法の事です。MISでは術後の痛みや筋力低下が少ないため早期のリハビリ開始・退院・社会復帰が可能となります。
近年、太ももの前から行う前方系アプローチ(前方Direct Anterior Approach: DAAや前側方アプローチAnterolateral Supine: ALSなど)でのTHAが増えていますが、当院では、最も侵襲が少ないとされる前方アプローチ(DAA)でのMIS-THAを行っています。DAAでは筋肉を一切切開することなく関節へ侵入することが可能で、さらに当院では関節を保護している関節包(関節の袋)をY字に切開して小さな窓をあけ、その窓の隙間から人工股関節を設置した後、関節包も縫合し、可能な限り元通りの状況に戻しています。そのため従来のMISよりもさらに低侵襲であり、術後の痛みが少なく早期回復が期待され、術後10日~2週前後での退院が可能です。


1.皮膚切開と低い脱臼率

DAAでのMIS-THAでは従来の10~15cmの皮膚切開より小さく、太ももの前外側で約6~8cmの皮膚切開(図③ab)から手術が可能です。縦に走る筋肉の筋間から(つまり筋肉は切らずに)展開し、関節包のみ切開して関節内へ進入します。

図3
図③a DAAでの皮膚切開。筋間に沿うように斜めに約6~7cmの皮膚切開を行う。
図③b 変形が軽度な場合は皺に沿って皮膚切開する(Bikini incision)ことも可能で整容的に優れる


低侵襲である事などからDAAは一般的に脱臼率は低く、0-2%程度とされています。その脱臼率が低いのもDAAのメリットの1つです。
幸い、これまで当院で行ったDAA THA後の脱臼の患者様はいらっしゃいません。(脱臼率 0%)このままの0%維持を目標として手術を行っていきたいと考えています。

          

2.正確性と安全性

人工股関節で挿入するインプラントは基本的には生まれ持った股関節の位置:原臼位を目標として設置します。現在当院では左右の脚長差5mm以下を目標とし、術中はリアルタイムでレントゲンが見れる「術中透視」を極短時間のみ使用してカップやステムの位置を確認しながら、安全かつ正確に最適な“狙った位置”で設置・挿入をすることが可能です(図④)。

図4
図④:術後単純レントゲン写真。脚長差はほぼない。


3.術前後の流れ

当院ではより安全に手術を受けていただくために、術前に採血、レントゲン、心電図などと共に呼吸機能検査や心臓超音波検査、CT検査などを行っています。
そこで何か問題が見つかった場合には総合病院であるメリットを活かして、各内科をはじめ、泌尿器科、皮膚科、眼科など他科と相談する事が可能で、より安全に手術を行う事を心がけています。
近年は術中にはエビデンスに基づいて世界的に使用されている止血剤などを使用する事で最近は術後の輸血もほぼ行わず、自身の血を貯めておく自己血貯血は基本的にしていません
術後は翌日から全荷重でのリハビリを開始し、基本的に禁止肢位は設けず危険肢位の指導はほぼしません。基本的に術後10日前後での退院を目標とし、多くの方が術後2週間以内に杖または独歩で自宅等へ退院されます。

我々の目標は「手術した事を忘れさせる」事です。

DAAでのMIS-THAを行った多くの方から、「痛くないし歩きやすい」、「もっと早くやっておけば良かった」、など感謝の言葉をいただきます。
普通、健康な人では股関節が痛い、(ちゃんと椅子に座れないなど)可動域の制限が辛い、脱臼しないように内転・内旋しないように気を付ける、脚の長さが違うなど、股関節に対して意識しながら日常生活をしている人はいないと思います。また術後の疼痛が強かったり、残存したり、リハビリが思うように進まなかったりすると嫌な思い出として残ります。そんな嫌な思い出を作らず、症状のない状態に戻れるような手術を目指しています。

手術を受けた事を忘れて、病気になる前のように生活出来ている姿を見る事、そしてありがとうと心から感謝の言葉をいただく事は、外科医冥利に尽きます。 もちろんこれを達成するためには手術手技を完璧にこなし、脱臼をはじめとした合併症がなく、術直後の疼痛も軽度で、可動域も生活可能域を確保できてなど、すべての要素が完璧に揃わないと達成は出来ません。ただ現状でも多くの方から「忘れて生活やスポーツをしています」との言葉をいただきます。引き続きこれが100%になることを目標として、一人でも多くの人を助けられればと我々は思っています。
股関節疾患に関してお困りの方はぜひ気軽に受診していただければ幸いです。

江東病院 整形外科一同

参考論文:
1:Baba T, et al. Bipolar hemiarthroplasty for femoral neck fracture using the direct anterior approach. World J Orthop 2013; 4(2):85